教養とは

塾・教職ニュース
 同じ中高だったB氏のnoteを読んだ。彼は中高で僕とは逆に真面目で対人関係でも波風を立てない男だった。いつも字がいっぱいで頭が痛くなりそうな本(ラノベも小説も新書も)を読み長時間勉強していた。彼は啓蒙という言葉をよく使っていた。知は力だと信じていた。 多くの知識を身に着け人生を豊かなものにしようとする彼の姿勢自体は私も肯定していた。しかし、彼の教養の得方と使い方はひどく凝り固まったもののように感じられた(大きな誤りだったが)。例えば数学では正解すれば解説なんか一切読まず、高校数学の拡張から大学数学を我流で構築しようとし(ほぼ失敗)、答案にオノマトペを使う私は、参考書の解説を熟読し解法を分類しようと試み、大学数学を専門書で読んで"暗記"し、論理記号を答案で使う彼に全く理解を示さなかった。彼がよく読んでいた難しい哲学書も何の役に立つか分からなかった。おそらく彼が私より国語ができたのはそのせいだろう。要は彼が求めているのは死んだ知識としての教養であり、生きた想像力としての教養ではないと思っていた。続きをみる
Source: NOTE教育情報

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